スペイン滞在記:街のゴミと歯車のリズム

先週から一週間マドリッド市内はゴミの山に埋もれている。
もちろん部外者で一時的にこの街住まわせてもらっている立場の根無し草がこのように揶揄するのは、長年
この街に住む人間に対して失礼だとは思う。
が、あえて、愛を持って言いたいのだ。今マドリッドは酷い状態である。

ストライキが原因らしい。
賃金の値下げによる労働者達のストライキ。
このストライキが市内にゴミの山を築き上げている。単純に市内のゴミの回収作業を低賃金を理由に労働者
達が止めたのである。
初日はゴミステーションにゴミの山が現れ、三日目には風が吹くとゴミが舞い上がった。
勿論健康被害も想像通りだと思うし、精神的にも駄目な人は駄目だろう。犬も散歩中思わぬおやつにありつ
けるだろうが主人にとっては気が気ではないだろう。虫や鳥にとっても腹を膨らませる良い機会が増えている。
また、大丈夫な人は大丈夫で道ばたでボカディージョ(フランスパンのサンドイッチ)を食べてそのゴミを
山の一部にして歩き出す者も居た。
美しいプラド美術館の前もレナソフィアの前も異臭とゴミが覆っていた。

僕はそれを受けてこうツイートした。
ライフスタイルを変化させる事で誰かに直接的にメッセージを出す事になると。
反面それは間違ってはいないと思っているが、反面間違った言葉だったなと感じた。

間違ったと思った面はライフスタイルを変化させる事は大切だが、その影響が他人に害を及ぼしてしまった
時の責任の所在をはっきりさせないといけない。
賃金を下げた者、そこで働く者、賃金を下げる者を支持している者、無関係と言う者、そこに住む者
これが原因で病気になったら一体誰が責任を取るのか。例え取らずともそれを聞いて心を痛めるのだろうか。
僕は全員が誰かに責任を擦り付けそうで怖いと思った。

間違っていないと思っている点は労働者や市民が働いているという事実を可視化したように見える。
言葉を行動で表現したし、それが乱暴なやり方で混沌と混乱を招いているが表現としては成立した。
スペイン人のおおらかながら個人の主張が得意な点を見た気がした。さすがっす。

列車を止めるやり方。大きな声を出すやり方。誹謗中傷を出すやり方。ゴミを片付けないやり方。
全部が行動なのだがライフスタイルに関わる行動は連鎖する。
良くも悪くも。そうじゃないものは連鎖はしづらいのか。日常と行動との密接な関わり。

関係ないかもだが、カルメンワーナーは創作を始める時に初日から衣裳をつけて始める。
ライフスタイルを最初に変えるところからスタートするのだ。女性の振付家らしいなと感じながら従うとやは
り自分で選んだ服で創作を始めると単純にテンションが上がるし、自分の所在が最初にはっきりする経験をした。
さすがだな。

僕ら日本人はもしかしたら表現ベタなのかもしれない。しかしそれはシャイだとかそういう事じゃない。
表現の仕方ってのは一つじゃない。
でもなんか知らないけど表現って一個な様な気がしてる所があるのかもなんてゴミの山を見て思う所があった。
主張の仕方は各々の方法で考え行動できる。漠然と。
新作創作4日目。
自分の主張の仕方自体を探す1日にしてみよう。

平原慎太郎

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